閉経とホルモン補充療法と乳がん治療

 みなさま、こんにちは、東望大久保医院の大久保 仁です。6月に入りました。先週いっきに蒸し暑くなってきましたので、こりゃ6月になって早々梅雨に入るのかと思いきや、今日も午前中はなかなかお天気で、今日、明日、蛍見物に行こうと考えています。

 こっちに帰ってきて、ご婦人の種々の症状に対する治療薬として漢方処方が少し多くなる傾向がありましたので、少し前に出ていたThe Lancetの「閉経」に関する総説をさらってみました。著者はHeidi D Nelsonという先生でした。「ハイジ」って名前、すごいですねえ。

 閉経の定義ですが、「無月経が12ヶ月続いた場合」ということになっています。乳がんの治療では、閉経前乳がんの内分泌治療でタモキシフェンという薬があります。エストロゲン受容体にエストロゲンの代わりにくっついて、エストロゲン受容体(ER)からの乳がん腫瘍細胞への増殖シグナルをブロックするという仕組みになっています。一方、「閉経」後の乳がんの内分泌治療はアロマターゼ阻害薬という薬を用います。閉経後では卵巣では積極的にエストロゲンを作れませんので、体の中のエストロゲン値は低いのですが、なんと副腎という腎臓の上にちょこんとついている内分泌臓器からコレステロールなどを材料に、副腎皮質ホルモンを作り、それを男性ホルモンに転換し、さらに男性ホルモンを、脂肪細胞からでるアロマターゼという酵素が、エストロゲンに変えてくれるのです。

 乳がんの細胞の約7割を占めるER陽性乳がん細胞は、エストロゲン刺激で細胞増殖をするという性質を持つので、この少ないながらのエストロゲンを上手に利用して増殖していきます。よって、閉経後に肥満している=アロマターゼ分泌多いとなり、肥満は閉経後乳がんのリスクファクターとなるとされています。

 閉経で生じる更年期障害の症状として、汗を掻く、手足が熱い(Hot-flash)、関節が痛い、筋痛が生じる、など人によって差異はありますが、エストロゲン欠乏状態に体が慣れておらず生じてきます。エストロゲンが欠乏しているために生じていることなので、治療としては、その足りないエストロゲンを補う治療というのがまず考えられる治療となり、それがホルモン補充療法というわけです。エストロゲン単体で補充してしまうと子宮内膜増殖作用が強く出て、子宮内膜がんの原因になるのでこれを抑制する目的(子宮を取ってしまった人は相対的にいらないが)で、通常エストロゲンとプロゲステロンを併用します。 

 その他の副作用としては、深部静脈血栓症や心・脳血管障害などがありますし、乳房痛なども生じる可能性はあります。しかし、精神症状改善、肌の状態は良くなる、血管運動神経症状改善など多くの利点があるので、日本以外の国ではかなりの人にホルモン補充療法が行われ、その恩恵にあずかっています。また、ホルモン補充療法と乳がんの関係では、明らかなリスクだ、という研究と、差はなかったという研究があり、まだ本当の決着はついていません。

 医療では「リスクとベネフィットと天秤にかけて考える」ということが実際には行われているのですが、表立って「これこれこういう副作用がありますが・・・。この薬どうします?使います?やめときます?」と言われると、我が国では二の足を踏んでしまう方が多いと思います。「リスクとベネフィットを天秤にかけて医療行為を考える」という考え方がまだまだ浸透していない我が国では、ホルモン補充療法は積極的には行われていない代わりに、プラセンタ、エトセトラなど、なんとなく補充を、という非医療系のものは流行っている、という風潮ではなかろうか〜と感じている今日この頃です。